「かぜってなーに -病院へ行く目安-」
とみもと小児科クリニック 冨本 和彦
こどものかぜについて
一般にかぜといえば放っておけば治る病気,たいしたことのない病気の代名
詞として使われています。病院でも説明が多少難しい,話せば話すほど重症の
病気のようにとられてしまいかねない病気の時に“まあ,かぜのようなもんだ
ね”といって単純に理解してもらおうとします。厳密にかぜは,鼻かぜと言わ
れる急性鼻炎と,のどのかぜ,つまり急性咽頭炎を指しますが,これは90%
以上がRSウイルス,ライノウイルスといったウイルス性のもので,放っておい
ても1週間程度で治る病気です。しかし,“かぜのようなもの”と言ったとき
には,いくつか落とし穴が隠されています。今日は“ようなもの”の中で放っ
ておいては大変なことになるもの,すぐに病院へつれていってもらいたい病気
についてお話しします。
病院へ行く目安について
1.熱が3日以上続くもの
子供の熱には多くの病気が考えられますが,よく心配されることに“高熱の
ために脳が障害されるのでは?”ということがあります。これはずっと以前に
化膿性髄膜炎といった病気のために高熱が続いた後,脳障害を来したケースか
らこのような誤解が生じたものと思います。化膿性髄膜炎は今日でもかなり恐
れられている病気で発症当初からかなり集中的な治療をしないと後遺症なしの
救命が難しい病気ですが,戦前は抗生物質もなかったため,かなり悲惨なケー
スがあったのだろうと推測しています。しかし,基礎にある病気が特殊なもの
でないかぎり,高熱のために脳がやられることはありません。
しかし,3日以上続いた場合は,診断,治療の遅れが後遺症につながりうる
ものもあります。
たとえば,川崎病なんていうのは治療が1週間も遅れれば,その子の一生に関
わる心臓後遺症を残します。また,はしかなども高熱が続きますが肺炎,脳炎
をはじめとした重大な後遺症があります。
2.生後5か月以下の児の発熱
5か月以下の児は熱を出さないと思われていることがたまにありますが,結
構熱を出すことがあります。ある調査では,生後5か月以下で発熱したことが
ある子は15%と報告されています。そのうち,入院した子は11%でしたが,
その多くは特殊な治療を要さない病気であったとされました。確かにこの時期
の発熱は大半のものがかぜ,突発性発疹症といったウイルス感染症です。しか
し,前述した化膿性髄膜炎の場合などは一時間でも早く集中的な治療を開始す
ることで後遺症を最小限度にとどめうることができますし,尿路感染症,特に
腎盂腎炎などでも丁寧な精密検査の上での早期治療が必要になります。腎盂腎
炎は抗生物質の内服で容易に熱が下がるため,これだけ抗生物質が乱用されて
いると逆に診過ごされて治療が中途半端に終わり,知らない間に腎機能が悪く
なっているケースもあると思われます。実に成人の人工透析患者の2割は小児
期の腎盂腎炎が不適切に治療されたものであると言われています。
3.1週間以上続く咳
子供の咳で1週間以上続くものには,喘息様気管支炎,肺炎あるいはマイコ
プラズマ肺炎,百日咳などがあります。外来で喘息様気管支炎と診断されると
お母さん方はすぐにTVなどの喘息でヒューヒューいって苦しんでいる姿を想像
して重症な病気とのイメージをもつ方が多いのですが,喘息様気管支炎の病態
は,乳幼児期の細気管支径が狭いこと,痰を作りやすいこと,痰を出しにくい
こと,風邪を引きやすく繰り返しやすいことといった特性から起こってくるも
のですから,3〜6歳になると8―9割がどんどん良くなってきます。最初の
1―2年は病院通いで苦労しても,治ればあれは何だったんだろうというくら
いに良くなって,ほとんど病院にも来なくなってしまいます。もしかしたら,
あんまり治らないので,他の病院に行っているのかもしれませんが………。
マイコプラズマ肺炎も学童期に多い病気で,最近でもたまに流行が見られま
す。外来で一般に用いられている抗生物質が効かなくて,こじれてしまってい
る例がたまにありますが,その咳は比較的特徴的ですので,咳を聞いただけで
診断がつく例もあります。これも早くに治療してやれば,あまり苦しまなくて
済みます。
百日咳………これは私も大きなことは言えないのですが,まだ小児科医とし
て駆け出しの頃,長男がこれにかかってしまいました。百日咳の咳は極めて特
徴的ですので,小児科医であれば誰でも診断がつくようなものですが,いかん
せん駆け出しなので経験がなかった。こじらせてしまってから自分の病院に連
れてきて,検査しようとしていたら,上司の先生に“これは百日咳だよ”と笑
われてしまいました。この病気は百日間,咳が続くだけと思ったら大間違い。
これはかなり苦労します。普通世のお父さん方は子供の夜の咳くらいじゃ絶対
起きない,高いびきで寝ています。お母さんだけ目を覚ましておろおろしてい
る。百日咳だけは違うんです。家族全員が起きてしまう。だから,外来では,
夜の咳の重症度の判断にはこれを使って聞くんです。“この子が咳をしたとき
に,お父さんも起きますか?”百日咳の場合も早期治療がその後の鍵を握りま
す。1週間以内に入院して注射の抗生物質を使うことでかなり軽く済むケース
があります。但し,百日咳も発症早期の咳はそれほど特徴的ではありませんか
ら,なかなか早期診断にも難しいものがあります。いちばん望ましいのは3種
混合ワクチンをきちんとやってもらうことです。これでほぼ予防できます。
4.いやでも病院へ行きたくなるもの
これはもういうまでもなく,たとえば,痙攣,嘔吐,意識障害,呼吸困難,
高熱といったものです。痙攣でよく見られるものは熱性痙攣です。これを経験
したほとんどのお母さん方は子供が死ぬんじゃないかと思ったと言っているく
らい重篤感があります。慌てるなというほうが無理ですが,慌てずにまず時間
を見て,すぐに救急車に連絡します。この時注意してもらいたいのは口の中に
は何も入れないで下さい。よく,舌を噛んで死んでしまうのではと割りばしを
かませたり,指を入れたりしますが,いずれも極めて危険です。口の中を傷つ
けたり,入れた指が逆にかみ切られたりします。自分の舌なんて自殺の目的で
ない限りはそう簡単にかみ切れるものではありません。難しいのは救急車を呼
ぶタイミングです。よく“5―10分間見て止まらないようなら病院へ”と書
いてあるものを目にしますが,実際に5―10分後に救急隊に連絡したとして,
救急車到着から病院へ運ばれる,救急室で点滴して痙攣を止めるといった処置
までにどうしても30分以上かかってしまいます。この間ずっと痙攣していた
とすると脳障害を来すことを考えておかなければなりません。だから,初回の
熱性痙攣であれば,最初から救急隊を要請しましょう。大抵の場合,病院到着
時には痙攣も止まっており,多少バツの悪い思いをするかもしれませんが,ご
めんなさいと謝っておけば済みます。初回痙攣であれば,みんなが“しょうが
ねえなー”と笑って許してくれます。
嘔吐を来す病気として冬に多いのは,白色便性下痢症をはじめとしたウイル
ス性の胃腸炎です。子供が吐きはじめるとすぐに脱水を恐れて,何とか水分を
とらせようとしますがこれは初期には逆効果です。胃腸の動きが悪くなり,水
分の吸収が悪くて吐いているのですから,いくら水分を与えても吸収されずに
腸内に残った水分,食べ物は上から吐くか,下から下痢として出してしまうし
かありません。最初1日は,食べ物はもちろん水分も少量にとどめて,胃腸の
回復を待つべきです。後は夜明けを待って病院へ行けば何とかしてくれます。
しかし,怖い病気も隠れています。腸重積です。これは腸管内に腸が入り込
んでいく病気で,乳児期に多く24時間以上放置された場合,開腹手術によっ
てしか治せなくなることがあります。育児書には間欠的腹痛,血便,嘔吐が3
主徴としたものが多いと思いますが,実は腹痛を訴えることは少なく,意識障
害,なんか変だといった症状で来ることが多い様に思います。
冬場に突然の呼吸困難を来す病気にクループ症候群があります。これはまた
の名を喉頭炎ともいいます。喉頭についたかぜです。基本的にはかぜですから,
1週間程度で自然に治るわけですが,喉頭というのは声を出す場所です。楽器
を思い起こしてみて下さい。笛などでも音を出す場所は一部狭くなっています。
声帯も声を出すため,気道の中で最も狭くなっています。ここがかぜによって
腫れるわけで,特に乳幼児ではただでさえ狭い部分が更に狭くなってしまいま
す。このため,呼吸ができなくなってしまうわけです。クループは犬が吠える
ような咳と声がれがもう一つの特徴です。
かぜとよく混同されている病気にインフルエンザがあります。確かにインフ
ルエンザの症状は悪寒,高熱,嘔吐,頭痛,関節痛といったところで,こう並
べ立ててみると一般のかぜ症状と同じです。しかし,インフルエンザの場合,
その程度は激烈で,急激に発症してくるのが特徴です。さらに,合併症も脳炎,
脳症,ライ症候群,心筋炎といった,その子の命に関わる重症なものがあり,
かぜとは全く比較にならないものです。英文でもかぜのことをCoryzaというの
に対し,インフルエンザはFluと表記され,明確に分けられています。
たとえば,脳症はインフルエンザの合併症の中でも死亡率は高く,助かって
も重度の後遺症,脳障害を来すものですが,昨年の全国集計では5歳以下の子
供でインフルエンザ脳症に罹患した子は179人でした。これは実に5歳以下
の人口でみてみると,10万人中0.7人が発症したことになります。うち5
0人が亡くなったと報告されていますが,助かった人も大半が重度の脳障害を
来しています。しかし,ここで,注目すべきはインフルエンザワクチン接種し
た子は一人もインフルエンザ脳症を発症していないということです。
また,10万人中0.7人というとかなり高い頻度です。我々の病院でもち
ょうど2年前のインフルエンザA流行時に脳症を来した男児がありました。こ
の子は休日の朝,高熱と吐き気があるとのことで緊急外来を受診しました。診
察時全身状態はまだ比較的良かったのですが,基礎疾患もあったものですから,
ご両親に入院を勧めました。入院して点滴治療を続けていたところ,昼過ぎに
突然痙攣が始まり,色々と対処したのですが,夕方には呼吸が止まってしまい
ました。以後人工呼吸管理を続けましたが,意識は回復することなく,7か月
の闘病生活の後,肺炎を併発して亡くなりました。ここで考えていただきたい
のは,インフルエンザ発症から呼吸停止に至るまでの時間です。発症からわず
か数時間後には呼吸停止に至っています。確かに近年抗インフルエンザウイル
ス剤が数種類開発され,我々の使用経験でもインフルエンザを軽く終わらせる
作用が確認されています。しかし,いくら良い薬でも発症後急速に進行する脳
症を治療する効果はありません。唯一インフルエンザワクチンのみがインフル
エンザおよび脳症を予防できるのです。過去インフルエンザワクチンはその安
全性,有効性に疑問が持たれた不幸な時代がありました。また,社会をインフ
ルエンザから守るために小中学生に強制的にワクチンを接種してしまうことへ
の疑問も多く投げ掛けられました。しかし,その後の開発で,今日では,イン
フルエンザワクチンの安全性は確立され,有効性も他のワクチンと遜色ないレ
ベルになっています。老人の最後の灯火を吹き消すインフルエンザは,これか
ら燃え盛るべき小さな炎をも吹き消す病気です。予防に勝る治療はあり得ませ
ん。このことを認識したいものです。
5.なんか変だ,いつもとちがう
− not doing well −
インフルエンザには本当に嫌な思いしか残っていません。この子は隣町の小
学生の男の子でした。やはり,3年前のインフルエンザA流行期の正月明け,
1月7日から高い熱が出て吐くとのことで,1月9日に近くの病院を受診しま
した。ちょっとぐったりしていたので,そこの病院では気管支炎に脱水がある
として,うちに紹介してくれました。なるほど,顔色が余りよくない,まあ,
かなり吐き気が強いんでしょうと思いながら,聴診器を当ててみました。その
時は何となく“熱のある割に脈が遅いな”と感じただけで,それほど意識した
わけではありません。気管支炎ということならとりあえず,胸の写真を撮りま
しょうということで診察を終えようとしました。ところが,この子が診察室を
出ていくときに母親に抱きかかえられて出ていくんです。その姿を見て,お母
さんに“この子はいつもこうなんですか”と聞くと,今朝から立てなくなって
きたという。そこで脈の遅さが急に一致してきました。これはおかしいという
ことで,すぐに心電図を撮ってきてもらいました。完全房室ブロック………か
なり危険な不整脈です。さらに不整脈以外で見てももうはっきりした心筋炎の
所見があります。血圧も低くなっています。即座に重症管理に移らなくてはな
りません。心臓にカテーテルを通し,体の外から電気で心臓を動かす,心臓の
収縮を強めて血圧を保つ,当時考えうることすべて手を尽くしました。しかし,
この子は残念でした。わずか入院1日半でどんどん血圧が下がってきて,最後
は体の外からの電気でも心臓が動かなくなってしまうという状態で,どうする
こともできませんでした。この子もインフルエンザ発症から5日間で死に至っ
ています。重症な病気の発見のタイミングとしてはなんか変だ,いつもとちが
うということに気づいて早く発見できたのに,いかんせん重症過ぎる病気で残
念でなりません。
以上をまとめると病院へ行く目安は以下のようになります。
1.熱が3日以上続くもの
2.生後5か月以下の児の発熱
3.1週間以上続く咳
4.いやでも病院へ行きたくなるもの
5.なんか変だ,いつもとちがう
− not doing well −
このうち最も大切なのは“なんか変だ,いつもとちがう”というお母さん方
の勘です。お母さん方がこのことを医療の側にアピールしてくれたために診断
の軌道修正がなされ,よりよい結果につながったことは実際いくつか経験され
ています。医療の側は当然プロとしての目で子供を見ていますが,診察時間は
短く,充分把握しきれていないことが起こります。だからこそ,常に接触して
いるお母さん方の情報は貴重です。我々が“大丈夫,かぜだね”と結論しても,
なんか変だと思ったら積極的にそのことを告げて下さい。