「中高年に多い眼疾患」
松橋眼科クリニック 松橋 英昭
わが国における成人中途失明の主たる原因疾患である糖尿病網膜症,緑内障,
白内障を中心に,症状や治療のポイントを解説した。
1.白内障
最近,一部の新聞報道で白内障治療用の点眼薬に効果がないと喧伝され,患
者に少なからぬ混乱をきたした。現代的な EBM の観点からは,有効性を証明
する科学的データに乏しいことは事実だが,厚生省の承認を受けて歴史の長い
薬であるから,軽症患者の進行予防のために安心して使っていただきたい。た
だし,視力を回復する効果はないので,日常生活に不便をきたすようになった
ら,積極的に手術を検討するようお勧めする。白内障手術は,近年の機器の開
発と技術の進歩により,安全性の高い手術となった。短期入院または日帰り手
術が普及し,患者の負担も軽くなってきている。しかし,稀ではあるが,術中
の駆逐性出血や術後眼内炎などの失明に至る合併症もあるので,主治医から充
分な説明を受けていただきたい。
2.緑内障
最近の調査によると,緑内障の有病率は40歳以降で 5 〜 6 %と言われてい
る。本症にはいくつかのタイプがあるが,眼圧が正常範囲内(21mmHg以下)に
ある正常眼圧緑内障が最も多く,眼圧値によって緑内障のスクリーニングは不
可能である。本症の早期発見に最も有用な検査は何かというと,それは眼底検
査である。視神経乳頭陥凹の病的拡大は,最近の健診で最も重要な項目となっ
ている。また,病期の進行度を判定する上では,視野検査が重要である。緑内
障による視野障害は,中心から15度前後はなれた部位から現れるため,患者は
視野障害のあることを自覚しにくい。治療は薬物または手術による眼圧コント
ロールしかないが,治療が奏効しても,本症による視神経障害は回復不能であ
る。治療の目標は視力回復ではなく,現状維持であることをご理解いただきた
い。特に,緑内障手術は白内障手術と違って,患者に「良くなった!」と喜ん
でいただきにくい。合併症の頻度も比較的高く,ストレスの多い手術である。
実施にあたっては,充分なインフォームドコンセントが必要である。
3.糖尿病網膜症
1991年の厚生の指標によると,糖尿病網膜症は成人の失明原因の第一位(18
%)を占めている。糖尿病患者は40歳以降の人口の約10%といわれ,糖尿病患
者の約50%に網膜症があり,約10%は(失明の危険のある)増殖前および増殖
網膜症である。本症もまた,患者が視力障害を自覚した時点では,すでに病期
が進行している例が多いので,症状の有無にかかわらず,糖尿病の方には,定
期的な眼底検査をお勧めしたい。網膜症の発症と進行を抑えるための治療とし
て,有効性が証明されているのは,血糖コントロールおよび合併する高血圧の
治療だけである。ただし,増殖前および増殖網膜症に至っては,内科的治療で
病勢を止めることはできない。網膜光凝固術および硝子体手術といった手術療
法を適切に行う必要がある。硝子体手術はリスクが高く,専門の訓練を受けた
眼科医は多くはない。演者はこの領域を専門としてきており,現在も症例に応
じて手術を実施しているので,困っている方の相談にのりたい。
できるだけ平易な言葉を選び,スライドを多用して,わかりやすい解説を心
がけた。幸い,聴衆からの質問は多数よせられ,おおむね好評だった。今後,
眼鏡とコンタクトレンズ,涙の話,加齢黄斑変性など,取り上げたいテーマは
多数あるので,次の機会を楽しみにしている。