「中高年のための尿の話」


八戸赤十字病院 瀬尾 喜久雄


 おしっこに関しては普段は出方やその色などまったく気にかけずに生活して
いるものです。しかし,意識下では大脳の働きにより五感から伝えられたさま
ざまな情報を分析し,理性を働かせて,ここがおしっこをしてもよい状況かど
うかを判断し,自律神経へ伝えて,排尿を促す反射を起こさせています。膀胱
に尿がたまって膀胱壁が伸展されると知覚神経が感知し,この刺激(尿意)を
脊髄経由で脳幹部(脳橋)へ伝達します。脳幹部ではこの刺激を脳内の各地に
送り,先に述べた大脳での五感の了解を得て大脳運動領野から出された排尿開
始の命令刺激を受け,脊髄を介して運動神経へ伝達し,膀胱の収縮・排尿反射
を起こさせます。排尿が始まると抵抗感なく放尿が始まり,20〜30秒後に
は快感を伴って排尿が終了し,尿が膀胱内に残っていない状態になります。

 排尿の機構については男性と女性ではかなりの違いがあります。解剖学的に
見ると男性には射精を行う機構が備わっているため,陰茎までつながる尿道は
長く,尿道の起始部には前立腺という分泌腺が尿道を取り囲んでいます。女性
では生殖機能が別な部分に備わっており,尿道は単純な構造で,その長さは約
3cm程度に過ぎません。

 おしっこの異常とは一連の蓄尿・排尿動作の異常と尿そのものの性状の異常
という事になります。以下にその異常に関して述べてみます。

 1)トイレに間に合わなくて尿が漏れるという症状には二種類の病態が考え
られます。そのひとつはくしゃみをしたり,重いものを持ったりした瞬間に漏
れてしまうという「腹圧性尿失禁」といわれるもので,原因は骨盤全体を支え
る筋肉の衰えによるもので,女性に多く,出産や運動不足が原因です。治療法
は骨盤底筋の強化(失禁体操)や膀胱排尿筋の運動を抑える薬物による治療が
主体になりますが,大量に漏れる場合には膀胱頚部吊り上げ術などの手術療法
が行われます。もうひとつは尿意を感じたときにトイレへたどり着く前に漏れ
てしまうという「切迫尿失禁」といわれるもので,原因は炎症や肥大した前立
腺などによる膀胱への強い刺激(膀胱刺激症状)や中枢(脳内)の神経障害(脳
出血後遺症など)により抑制が効かなくなっている事で,治療は原因疾患の治
療と膀胱の異常収縮を抑制する薬物による方法がとられます。

 2)尿が出にくく,勢いがないといった症状はさらに腹圧をかけないとなか
なか出ない,排尿が始まるまでまたは終了するまでに時間が掛かるという症状
も認められます。原因は膀胱や尿道を支配する神経の障害による膀胱の収縮障
害(神経因性膀胱)や前立腺肥大症などによる膀胱の出口部の閉塞や,尿道狭
窄などによる尿道の狭小化が原因となります。治療は神経障害に対してはその
原因治療に加えて膀胱の収縮力を高める薬物を使用する事になります。前立腺
や尿道の問題に対してはその原因を治療します。

 3)夜起きる回数が増える症状(夜間頻尿)は尿量によって二つの要素が考
えられます。一つは尿量が変化しない場合で,回数のみが増える。従って少し
しか出ないで回数が多くなるというもので,膀胱刺激症状によるものです。原
因は中枢性疾患や前立腺肥大症など,さらには心因性のものが考えられます。
心因性のものはストレスや心配事などが原因ですので,薬物療法のほかに心理
的な治療法が有効な事もあります。もうひとつは夜間多尿といわれるもので,
夜間の尿量が昼間に比べて多くなる場合があります。原因は腎臓の働きに問題
がある場合や,心臓に問題があって,日中に腎臓へ回る血液が減少し,夜間,
安静にすると心臓からの血液が増量して腎臓への血液が増加し,日中に不足し
ていた尿量を増大させるものです(夜間多尿)。腎臓や心臓の検査が必要です。

 4)排尿したはずなのにすぐにしたくなったり(尿意促迫),排尿中や終了
直後に痛み(排尿痛)を感じたりする事があります。原因は先に述べた膀胱刺
激症状によるものですが,急性膀胱炎によるものが多く,治療は尿検査で原因
菌を判定し,抗生物質療法が行われます。

 5)おしっこの色は体調や食事,さらにはお薬などで変化する事があります。
病的なものとしては赤く濁ったり,暗赤色になったり,白濁したりする場合が
多いのですが,原因は出血や感染によるものがほとんどです。赤い色になる場
合には血尿(血液が混じる)である事があり,通常おしっこ1リットルに1cc
の血液が混じっただけでほぼ真っ赤に感じます。血液の塊などが混じる事もあ
ります。このような場合には炎症だけでなく,膀胱癌などの悪性のものも考え
られますので,早いうちに泌尿器科を受診される事をお勧めします。健康な方
でも尿の色が変わる事があり,脱水状態(水分を取らずに汗をかいたりしたと
きなど)では尿は茶褐色になる事があり,便秘薬では暗赤色になる事もありま
す。市販のドリンク剤にはビタミンB群が大量に入っており,黄色調の強いお
しっこになります。

 最後に男性のみのお話になりますが,最近,前立腺癌が急増してきておりま
す。理由は日常生活のアメリカ化が原因と考えられており,特に食生活が問題
にされております。前立腺癌は60歳以上の方に発生しやすい傾向があり,健
康診断などでも肛門からの診察(直腸診)が行われてきましたが,発見したと
きには手遅れである場合が多かったので,最近では血液検査で前立腺の腺細胞
が出す前立腺特異抗原(PSA)という酵素を測定する事で,非常に早期の前立
腺癌が発見できるようになって来ました。年齢によるPSAの変化はありますが,
おおよそ4.0ng/ml未満であれば問題なしといえます。4.0以上10.0n
g/ml未満の範囲では要注意,10.0ng/ml以上では前立腺癌の危険性が高い
(25〜30%)とされています。PSAが4.0ng/ml以上の場合には泌尿器科
で精査が必要です。前立腺癌の早期発見には50歳を過ぎたら検診が不可欠で
す。