「中高年に多い心臓病」
伊藤 智範
はじめに
近年,食生活の欧米化などから,動脈硬化を基礎とする心臓病が増加してい
ます。1998年の厚生省の調査によれば,心臓病は日本人の死亡原因の第2
位とされています。その代表的な疾患が,冠動脈疾患と呼ばれる狭心症と心筋
梗塞症です。
狭心症の検査・治療について
狭心症は,その発症機序から,高度の冠動脈硬化により,血流が低下して心
臓への血液供給量が減少するものと,冠動脈のれん縮により,心臓への血液供
給量が減少するものとがあります。冠動脈硬化による狭心症は,主に歩行や階
段昇降などの労作時におこり,冠動脈のれん縮による狭心症は,夜間就寝中な
どの安静時や早朝の軽い労作時などにおこります。その症状は,締め付けられ
るような胸痛,胸部圧迫感などと表現されます。さらに,狭心症は2−3分で
消失し,最長でも15−20分程度で消失します。
逆に一瞬ないし4〜5秒などという症状の場合には,狭心症や心筋梗塞症よ
りは,不整脈などを考えます。また,数時間ないし四六時中いつも痛い,ある
いはチクチクという場合には,筋肉や骨疾患などを考えます。そのほか,心臓
神経症やうつ病からのこともあります。
検査では,運動負荷心電図検査,24時間心電図(ホルター心電図検査)心
臓超音波検査,放射性同位元素を用いた心筋シンチグラム,さらには心臓カテ
ーテル検査などがあります。狭心症の診断には,以上の検査で判明する場合もあ
りますが,胸痛時の心電図がとらえられて初めて診断が確定するのが一般的です。
このため,検査をいろいろ行ったにもかかわらず,確定診断できない例も少なく
ありません。この場合には経過観察を行って,あとで確定診断できる例もありま
す。
治療の第一は,生活改善と薬物治療です。局所麻酔による冠動脈形成術(PTCA)
や全身麻酔によるバイパス手術(CABG)という治療法もあります。PTCA は近年
急速に普及した身体への侵襲が軽い治療です。しかし,その適応には慎重でなく
てはいけません。代表的な国内8施設での,狭心症の治療方針を調査した199
0年の日本冠疾患学会からの報告では,驚くべき結果が得られています。狭心症
の85%の患者さんにPTCAをしている施設があれば,他方その66%にCABGを
行っている施設があります。施設により治療方針に大きな隔たりがあることがわ
かります。治療方針が医師の恣意的な意図により決定されている節が見られます。
内科と外科により十分な検討を行ったうえで,治療方針が決められなくてはいけ
ません。患者さん側も,自ら受ける治療に関して,なぜ必要なのか,必要とする
科学的根拠があるのか,インフォームドコンセントを充分に受ける意志が必要で
す。さらには,直接治療に携わらない第三者の専門医師の意見(セカンドオピニ
オンといいます)も参考にすることが必要です。
急性心筋梗塞症による死亡を防ぐため
冠動脈の狭窄から閉塞が起こると,栄養されている心筋が壊死に陥り,急性心
筋梗塞症となります。胸痛や胸部圧迫感が30分以上持続するときに,急性心筋
梗塞症を考えます。その胸痛は,一般に冷汗や吐き気を伴い,重篤な印象を受け
ます。急死の原因となるため,緊急入院が必要です。発症早期には,PTCA など
により閉塞血管を開通させる治療を行うことがあります。また,急性心筋梗塞症
になりやすい狭心症として,不安定狭心症も知られています。この状態も緊急入
院が必要で,早期治療により心筋梗塞症にならずに済むことが少なくありません。
急性心筋梗塞症による死亡の大半は,発症早期に集中します。岩手医科大学高
次救急センターへ搬送された心肺停止例の,過半数が循環器疾患によるものとさ
れています。日本で院外で心肺停止に至った患者さんは,わずか2−3%しか救
命されません。一方,救急システムが整備された欧米からの報告では,その救命
率が30%以上とされています。欧米での救命率が高い主な要因は,院外で心肺
停止に陥った患者さんへの,救急隊が到着するまでの地域住民による心肺蘇生法
の実施が挙げられます。入院後に PTCA などをして治療することも大切です。
しかし,病院で死亡する患者さんの数よりも,病院へ辿り着かずに,急死してい
る患者さんの数の方が,遥かに多いのです。八戸地区でもこの普及が望まれてい
ます。
最後に
動脈硬化を主体とした中高年に多い心臓病について概説しました。すべての症
状が,狭心症や心筋梗塞症に起因するわけではなく,最終的には高度医療機関で
の精査が必要になることがあります。当院では,病診病病連携を重視して,患者
さんの主訴に基づいて検査を行い,予後を考えての治療をお勧めしています。