「中高年のためのオシッコの話」
八戸平和病院 山内 崇生
今回の出前健康講座では,“中高年のための”という冠を付けたこともあり,
広い年齢層の方々をターゲットとし,かつ男性の方にも,また女性の方にもお
話を聞いて頂ける内容とするため,良性疾患に限定して以下の3つのテーマに
ついてお話させて頂きました。
1)前立腺肥大症
射精や精液の産生に関わる男性特有の臓器である前立腺の病気で,いわゆる
内腺と呼ばれる部分が肥大して,尿道を外から圧排するために生ずる諸症状を
指します。一般的には,排尿症状(尿勢減弱,排尿困難)がメインに出現する
と理解されていることが多いようですが,蓄尿症状(頻尿)や排尿後症状(残
尿感)なども含めた複合的な症状を訴えられる患者様も少なくありません。治
療は,主に薬物療法と手術療法に分けられます。前者では,α1−ブロッカー
が主流ですが,最近新しい抗男性ホルモン薬も発売され,α1−ブロッカーと
の併用療法も行われるようになりました。手術療法では,経尿道的前立腺切除
術(TUR-P)という電気メスで前立腺の内腺を削る手術がゴールデン・スタン
ダードですが,最近はレーザーを用いた低侵襲手術も普及してきています。当
院で施行している,前立腺内腺を完全核出可能なホルミウム・レーザー前立腺
核出術(HoLEP)も紹介致しました。
*良性疾患というテーマから外れますが,PSAによる前立腺癌健診についても
簡単に説明させて頂きました。
2)過活動膀胱
膀胱の活動性が増すことで起こる,蓄尿症状を主とした疾患です。そもそも
正常な蓄尿とは1尿が貯まる過程では膀胱がリラックスしていて2膀胱容量の
限界に近づいたら尿意が出現し3トイレに行くまで漏らさずに我慢出来る状態
です。この状態がどこかで破綻している状態が過活動膀胱と言えます。頻尿や
尿意切迫感のみならず,切迫性尿失禁も範疇に入ってきます。原因としては,
脳血管障害や脊髄疾患,膀胱平滑筋を支配する自律神経系に影響を与える疾患
等,加齢の影響による膀胱容量の減少等があります。治療は,抗コリン剤を中
心とした薬物療法が主流となっています。但し,男性においては,前立腺肥大
症等の尿路閉塞性疾患でも頻尿等の蓄尿症状を呈することは稀ではなく,排尿
障害の治療をせずにただ頻尿であるというだけで抗コリン剤を使用すると,む
しろ残尿が増えて症状が悪化することがあるので注意が必要です。
3)腹圧性尿失禁
膀胱や尿道等の骨盤内臓器を支える尿生殖隔膜というフロア構造の脆弱化に
よって起こり,女性に多い病態です。男性では,海綿体という勃起装置が尿道
を取り巻くように存在しており,尿や精液を排出する尿道(尿路と精路を兼ね
る)と,直腸/肛門(糞路)という2つの小さめの管腔構造があるだけなので,
このフロアは頑丈に出来ています。一方女性では,尿道(尿路),膣(生殖路
/産路),直腸/肛門(糞路)がそれぞれ独立しており,出産のために産路が広
がるように出来ているため,このフロアは,男性と比較してもともと緩い構造
となっています。出産経験や肥満・加齢等の影響で,このフロアが脆弱化する
と,膀胱や尿道も下がってきて腹圧負荷時に尿失禁を来す病態が腹圧性尿失禁
です。本病態に対する薬剤も発売されていますが,基本的に薬物療法では根治
することはないので,症状がひどい場合,このフロアを補強するための手術療
法が必要となります。現状では,ポリプロピレン・メッシュ・テープを用いて
尿道周囲組織を“線”で補強するTVT手術が保険適応として認められています
が,今後は脆弱化したフロアをメッシュを用いた“面”で支える手術療法が主
流になっていくものと予想されます。
*男性では,前立腺肥大症に対する経尿道的手術や,前立腺癌根治術後に,腹
圧性尿失禁が見られることがあります。
今回の講演に対する質問は全て男性からのものでした。下半身に関わる疾患
を取り上げたので,女性の方は質問しにくかったのでは?と思われました。
TUR-P:Trans urethral Resection of the Prostate
HoLEP:Holmium Laser Enucleation of the Prostate
TVT:Tension-Free Vaginal Tape