「患者の尊厳」
種市襄=種市外科院長、八戸市在住
昔は現在のような保険制度が無く、治療のために田畑を売ってしまった方も
いました。そして、当紙でも取り上げられていましたが、当時では考えられな
かった「経管栄養」という延命手段が当たり前の時代になり、意思、感情の疎
通ができない植物状態の方に、機械的に栄養だけを入れている事例も多くなり
ました。
口からでなく、胃に穴を開けて栄養を入れるのですが、食事と同じように日
に3度と決めているのです。これは法律上、看護業務です。
医師は、患者が食べられなくなると、すぐに管を入れてしまう傾向にありま
す。その後入院が3カ月を過ぎると、今の診療報酬制度では病院の収入になら
ないので、患者は退院を勧められます。
その状態で患者を預けられた家族は、栄養を止めるわけにもいかず、かとい
って収容してくれる施設もないので、途方にくれる方もいます。
ある家族が管を入れるのを拒否し、自然に任せようとしたら、医師に「あな
たは患者を見殺しにするのですか」と言われ、傷ついたそうです。
多くの先進国では宗教上の考え方や国家財政の面などから経管栄養はやりま
せん。人工呼吸器を止めても罪にならない、という判断がなされています。そ
のため寝たきり状態はほとんどありません。
患者さんに聞いてみると、健康のまま突然亡くなる、いわゆる「ピンピンコ
ロリ」を望んでおられる方が多いです。
ただ、実際には、本人の尊厳よりも医師や家族の独りよがり、自己満足など
が優先され、本来は神様が決めるべき領域にまで入り込んでいることもあるの
では、と思われてなりません。
ある長命の方に「具合が悪かったら検査しますか」と聞いたら、「神様に任
せているので何もしない」と答えました。
私の父親は3日間寝込んだだけで、自宅の居間で尊厳を保ちつつ旅立ちまし
た。これは医師としても誇りに思えるものです。